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思ふこと、、

いきなりですが、、、、古物はいいに決まっている!
今と違い男人生30年とか40年の時代なら、
並々ならぬ覚悟と努力とが魂となりそのもの(作品)に込められている。
ましてやこれ一本で食いつなぐとなるとかなりのものだろう事は推測できる。
うんちくや情報が無いにもかかわらず、手に持った時の感覚として
伝わってくるのはソコだろうと思う。

しかしそれだけでう〜んと唸っている爺さんやマニアにはなりたくない。
できればそれを生かす何かを残す事はできないのか?

現在、なんでもそうだが、あるものをそのまま使ったらどうかと思うのです。
今は、TVが神様的なところがあり、芸能人(コマーシャル)雑誌を
そのままやったら、これ、あなた、おかしなもので、、、
美容室で「あの〜黒木瞳にして下さい」と言われても
美容師は渋り果て、挙句の果てには、
そのいじくり回し仕上がった作品に笑いを堪えるのに必死なわけで、、、

実用性、デザイン、耐久性、品質、時代、流行、己の品性と、、
ひっくりめて一回、引いてバランスを見ていかなければならぬと思うのです。
消費者側、生産者側と随分、昔よりは良くなってきたとは思いますが、

まだまだ、西洋には、敵いません、、、

せっかく豊かな国になったのですから、これからは、もう少し
作る側も消費する側も考えていきたい。


では、具体的に、、
当ホームページの理想とするイメージ的
人物を考えてみますと、、

今のところこんな風に思うのです。

そいつは、、

アメリカの様なユニークで馬鹿な発想を持ち。

フランスの芸術性、センス、面白い物を面白いと言える愉しみ方。

イギリスのジェントルマン精神と気品

そして、日本人の精神、信念。

(色々ありますが、良いとこでですよ?)

これをまぜたら良いのではないか??

そんな人物は??

う〜ん。。。。

思い描く人物。

007

そう!

”ジェームスボンド!”

こ、こいつが、日本人ならば、、、

いや?

日本人的ジェームズボンド?

ん?

そんな感じで、、

なんて考えます。

そう、、こんな大人がカッコいいんじゃないか?

なんつって今のところは、考えます。

それを目標に、、、今の大人の理想とは少し離れ、、

ホームページ全体が表現できたらなぁ。。。

なんて、、、

 おもっちょります★

 

以下みなさんの日本人観

 

■日本人に洋服は、似合わない■

(伊丹十三:女たちよ!(1960年頃著)より抜粋)

西洋から日本へ帰ってきて、初めて街を歩く。
こいつは、恥ずかしい。

西洋の街の中を、西洋の人人があるいている。
その洋服が全部偽物なのだらか恥ずかしい。

これは、どうも日本人の顔つきと躰つきに原因があるように思われる。
つまり、婉曲にいうなら、三次元性が足りないのでである。


         (西洋イメージ画像)

素直にいって扁平なのです。

西洋人の体質というのは、どうも日本人の骨格は、
球体、円柱、及び円錐として理解しにくいのである。
日本人の洋服もまたしかり。
なにしろ、ついこの間まで着ていた「キモノ」というものが、
これが、平面裁断の極至なんだからしかたがない。
ほんとに着物というのは哀れを催すくらいに平らに綺麗に畳めちゃうんだなぁ。

まるでハンカチじゃありませんか。

                  (イメージ画像)

どうも日本人の着ている洋服というのは、着物のようにひらたく畳めそうな感じがしあてなりません。
いやいや、考えてみれば、日本人の躰つき自身が、なんとなく上手に畳んでしまえそうな気がする。
これじゃあ洋服が似合うわけがない。顔だってそうだ、

(〜中略)

つまり、露骨にいうなら、日本人の顔は後進国の顔なんだな。

いや、そうじゃない。

着物を着た日本人はまことに堂々として高い文化を感じさせるが、
同じ人が洋服を着ると、たちまち後進国のハイカラ紳士になってしまう。
ついでに一層不謹慎なこを言わせていただくなら、おそらく西洋人の旅行者が日本へ
着いた時の印象は、

「本日、日本へ上陸す。驚くべきことに、この国の土民は悉く西洋風の衣服をつけている」

というものであるにちがいない。

ヘボン博士だったかベルツ博士だったか、あるいは他の西洋人だったかの日記に、
初めて見た日本の印象を記して、

「住民の顔は、猿あるいは狐ににている。」

とあるこの印象は今も変わるまい。

■たけしの二十世紀日本史より抜粋■

おいらがハリウッドへ行って、映画に出ると、日本というよりもまずアジアを意識させられる。
 
アジアとアメリカ.ヨーロッパの文化の闘いという感じがひしひしとするからね。
勝ち負けを意識すると、負けているものもいっぱいあるし、これは勝つというのもいくつかある。
 ただ、一応は闘っているという意識がどこかにないと相手になめられてしまうんだ。

ところが、多くの日本人は外国に対して、友達だと思っているんじゃないか。
白とか黄色とかの区別とかを抜きに、融合したいと思っている。
だから役者でも何でも、アメリカに行くと、一生懸命英語を使って、向こうの友達をつくる。

ハリウッドの役者になるために勉強しているんだ、友達もいっぱいいいるって、気張りたがる。
アメリカ人からみれば、相手はアジア人だという意識が完全にあるのに、日本人にはその意識がないんだよ。
下手するとそこに住んでいる事によってアメリカ人になったつもりでいる。
勘違いもはなはだしい。そいつが映画で何に使われるかと言ったらアジアの兵隊なんだ。
日本兵とか中国兵、下手したらベトナム兵の役。そのように扱われているのに、気がつかない。
アジアの役者なんて、向こうでは、その程度の役しか来ないんだよ。
ショーコスギなんていうのは、一番アジアを意識して、忍者の映画に出たから出世した。
他に誰がいるか。ダイハードとかインディジョーンズみたいな映画で、日本人が主役になったことは一度もない。
結局、はっきり違う位置を意識してないと、外国との関係はうまくいかないんだ。
それを間違って、融合しようとするとバカにされる。
日本人が、日本人としての文化をしっかりと身につけていれば、向こうも尊敬してくれるんだけどね。

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